社員が活躍できないのは社長の責任。(佐藤一斎『言志四録』晩17)

「濁水もまた水なり。一たび澄めば清水と為る。 客気もまた気なり。一たび転ずれば正気と為る。 逐客(ちっかく)の工夫は、ただ是れ克己のみ。ただ是れ復礼のみ。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第一七条に書かれた言葉である。 意訳すると、濁った水でも、水は水。一度澄みはじめるとみんな澄むようになる。 カラ元気も気である。それがある時、正しい気になるものだ。 そして、カラ元気を正気にする方法は、小さ […]

「誰」が言ったかより「何」を言ったかが大事。(佐藤一斎『言志四録』後177)

「実言は、すうじょうのろうといえども、以て物を動かすに足る。 虚言は、能弁の士といえども、人を感ずるに足らず。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第一七七に書かれた言葉である。 意訳すると、真実の言葉は木こりなどの身分の低い言葉であっても、人の心を動かすことがある。 しかし、偽物の言葉は、弁のたつ人が上手に話しても人を感動させることはないということ。 これは私たちが経営や投資活動をする上で十分 […]

若くしてのセミリタイヤが幸福とは限らない。(佐藤一斎『言志四録』耋137)

「世を避けて而(しこう)して世におるは、難きに似て易く、世におりて而して世を避くるは、易きに似て難し。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一三七条に書かれた言葉である。 意訳すると、世の中や社会を避けて隠居などしてみると、幸福でいるのは易しそうに見えて難しい。 逆に、ビジネスや仕事の中にいると、幸福でいるのは難しそうに見えて易しいということ。 最近、若者の中で「働きたくない」とか「若くしてセ […]

他社を観て自社の幸福を知る。(佐藤一斎『言志四録』晩192)

「人の禍あるのを見て、我が禍なきの安らかなるを知り、人の福あるのを見て、我が福なきの穏やかなるを知る。 心の安穏なる処は、即ち身の極楽なる処なり。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第一九二条に書かれた言葉である。 意訳すると以下の通り。 他人の禍を見て、自分に禍がないことのありがたさを知る。 また、他人の福を見たら、その福のおかげで、自分には妬みや恨みが降りかからないから穏やかでいられる。 […]

慎みのある経営者はうまくいく。(佐藤一斎『言志四録』後17)

「過は不敬に生ず。 よく敬すれば則ち過自ずからすくなし、もしあるいは過たば則ち宜しく速やかに之を改むべし。 速やかに之を改むるもまた敬なり。 顔子の過をふたたびせざる、子路の過を聞くを喜ぶがごときは、敬に非ざるをなきなり。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第一七条に書かれた言葉である。 意訳すると、過失というのは不敬、つまり慎みのなさから生じるということ。 慎んでいればおのずと過失は少なくな […]

歴史の裏に隠された「人間心理」を観る。(佐藤一斎『言志四録』録141)

歴史は人間心理を学ぶ宝庫である。ニュースや歴史などの裏側にある「人間心理」を読み解く力が身に付けば、組織作りやマーケティング、または投資活動などに存分に応用が可能だ。 「一部の歴史は、みな形せきを伝うけれども、しかも情実はあるいは伝わらず。 史を読む者は、すべからく形せきにつきて以て情実をたずね出すを要すべし。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志録第一四一条に書かれた言葉である。 意訳すると、歴史 […]

無能の知と無知の能。(佐藤一斎『言志四録』耋11)

「無能の知は、是れ瞑想にして、無知の能は是れ妄動なり。 学者宜しく仮景を認めて、以て真景となすことなかるべし。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一一条に書かれた言葉である。 訳文は以下の通り。 「実行なくして、ただ知るだけでは、妄想であるし、智慧なくして行うのは妄動である。 学問をする者はよく心眼を開いて、かりの有様を見て、これを本当の物だと思ってはいけないぞ。」 (訳文は講談社学術文庫の […]

伝の伝と不伝の伝。(佐藤一斎『言志四録』晩23)

「此の学は、伝の伝有り。不伝の伝有り。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第二三条に書かれた言葉である。 意訳をすると、教えを伝えるには言葉で伝えられるものとそうでないものがあるということ。 例えば、私はピアノを習っているが、音符の読み方などは言葉で教えられる。が、肝心の弾き方は言葉では教わることができない。「暗黙知」と言い換えてもよいだろう。 また、同じ弾き方でも演奏する人によって、音楽はま […]

成功した後が危ない。(佐藤一斎『言志四録』後241)

「齢五十のころおい、閲歴日久しく、錬磨已多し。 聖人にありては知命と為し、常人においても、また政治の事に従う時候と為す。 しかるに世態習熟し、驕慢(きょうまん)を生じ易きを以て、則ちその晩節を失うもまたこの時候にあり。 慎まざるをべけんや。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第二四一条に書かれた言葉である。 訳文は以下の通り。 「人も齢五十になると、経て来た年月も久しくなって、物事にみがきがか […]

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