言志四録

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耳の痛い意見ほど価値がある。(佐藤一斎『言志四録』晩55)

独得の見は私に似たり。 人其のにわかに至るを驚く。 平凡の議は公に似たり。 世其のなれ聞くに安んず。 およそ人の言を聴くには、よろしく虚懐にして之をむかうべし。 いやしくもなれ聞くに安んずるなくば可なり。 (佐藤一斎『言志四録』晩55) 人というのは、どうしても聞きやすい話ばかりを聞いてしまう。耳障りの良い話など。 しかし、人生を大きく変えるような肝心な話は耳が痛いものである。 特に創業社長になる […]

情報発信には気を付けよう。(佐藤一斎『言志四録』晩52)

文詞は以て其の人と為りを見る可し。 いわんやまた後に留貽(りゅうい)するをや。 よろしく修辞立誠を以て眼目と為すべし。 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第五二条に書かれた言葉である。 意訳すると、文章には人柄が出る。しかも後世に残るものだから誠をもって言葉を有効活用すべしであるということ。 最近、SNSやブログなど、情報発信しやすい環境が日に日に進歩している。誰もが容易に自分の意見を述べやすい […]

志は大きく、着手は小さく。(佐藤一斎『言志四録』耊27)

学者は、志大にして、工夫は則ち皆小ならんことを要す。 小は事においては始と為り、物においては機と為る。 易に云う「復は小にして物をわきまう」とは、是れなり。 これは佐藤一斎『言志四録』の言志耊録第二七条に書かれた言葉である。 意訳すると、学者は志は大きく持って、工夫することは細かい事に目を向けよということ。 小さいことも積み重ねると大きく成功できる。逆に小さなことに目を瞑るとそれが巡り巡って大きな […]

仏と鬼のマネジメント、どちらが正解か?(佐藤一斎『言志四録』後12)

「誘掖(ゆうえき)して之を導くは、教えの常なり。 警戒して之をさとすは、教の時なり。 躬行(きゅうこう)して以て之を率いるは、教の本なり。 言わずして之を化するは、教えの神なり。 抑えて之を揚げ、激して之を進むるは、教の権にして変なるなり。 教もまた術多し。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第十二条に書かれた言葉である。 意訳すると、教え方には様々ある。それは、邪道に入ることを戒めたり、自ら […]

志なき経営は恐ろしい。(佐藤一斎『言志四録』耋14)

「およそ学を為すの初は、必ず大人(たいじん)たらんと欲するの志を立て、しかる後に、書は読むべきなり、しからずして、いたずらに聞見を貪るのみならば、則ち或いは恐る、傲りを長じ非を飾らんことを。 いわゆる『寇(こう)に兵を仮し、盗に糧を資するなり。』うれうべし。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一四条に書かれた言葉である。 意訳すると、学ぶ際には立派な人間になるという志がないとマズイ。ただやみ […]

社員が活躍できないのは社長の責任。(佐藤一斎『言志四録』晩17)

「濁水もまた水なり。一たび澄めば清水と為る。 客気もまた気なり。一たび転ずれば正気と為る。 逐客(ちっかく)の工夫は、ただ是れ克己のみ。ただ是れ復礼のみ。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第一七条に書かれた言葉である。 意訳すると、濁った水でも、水は水。一度澄みはじめるとみんな澄むようになる。 カラ元気も気である。それがある時、正しい気になるものだ。 そして、カラ元気を正気にする方法は、小さ […]

「誰」が言ったかより「何」を言ったかが大事。(佐藤一斎『言志四録』後177)

「実言は、すうじょうのろうといえども、以て物を動かすに足る。 虚言は、能弁の士といえども、人を感ずるに足らず。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第一七七に書かれた言葉である。 意訳すると、真実の言葉は木こりなどの身分の低い言葉であっても、人の心を動かすことがある。 しかし、偽物の言葉は、弁のたつ人が上手に話しても人を感動させることはないということ。 これは私たちが経営や投資活動をする上で十分 […]

若くしてのセミリタイヤが幸福とは限らない。(佐藤一斎『言志四録』耋137)

「世を避けて而(しこう)して世におるは、難きに似て易く、世におりて而して世を避くるは、易きに似て難し。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一三七条に書かれた言葉である。 意訳すると、世の中や社会を避けて隠居などしてみると、幸福でいるのは易しそうに見えて難しい。 逆に、ビジネスや仕事の中にいると、幸福でいるのは難しそうに見えて易しいということ。 最近、若者の中で「働きたくない」とか「若くしてセ […]

他社を観て自社の幸福を知る。(佐藤一斎『言志四録』晩192)

「人の禍あるのを見て、我が禍なきの安らかなるを知り、人の福あるのを見て、我が福なきの穏やかなるを知る。 心の安穏なる処は、即ち身の極楽なる処なり。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志晩録第一九二条に書かれた言葉である。 意訳すると以下の通り。 他人の禍を見て、自分に禍がないことのありがたさを知る。 また、他人の福を見たら、その福のおかげで、自分には妬みや恨みが降りかからないから穏やかでいられる。 […]

慎みのある経営者はうまくいく。(佐藤一斎『言志四録』後17)

「過は不敬に生ず。 よく敬すれば則ち過自ずからすくなし、もしあるいは過たば則ち宜しく速やかに之を改むべし。 速やかに之を改むるもまた敬なり。 顔子の過をふたたびせざる、子路の過を聞くを喜ぶがごときは、敬に非ざるをなきなり。」 これは佐藤一斎『言志四録』の言志後録第一七条に書かれた言葉である。 意訳すると、過失というのは不敬、つまり慎みのなさから生じるということ。 慎んでいればおのずと過失は少なくな […]

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