若くしてのセミリタイヤが幸福とは限らない。(佐藤一斎『言志四録』耋137)

若くしてのセミリタイヤが幸福とは限らない。(佐藤一斎『言志四録』耋137)

「世を避けて而(しこう)して世におるは、難きに似て易く、世におりて而して世を避くるは、易きに似て難し。」

これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一三七条に書かれた言葉である。

意訳すると、世の中や社会を避けて隠居などしてみると、幸福でいるのは易しそうに見えて難しい。

逆に、ビジネスや仕事の中にいると、幸福でいるのは難しそうに見えて易しいということ。

最近、若者の中で「働きたくない」とか「若くしてセミリタイヤしたい」などと言う若者が増えてきた。

おそらく、仕事や会社が辛いのかもしれない。ところが、佐藤一斎に言わせると、世間から離れる、セミリタイヤするというのは、幸福そうに見えて、実は幸福を得るのは大変ですよと言っている。

なぜか?思うに人生の幸福の一つは「向上」にあるからだ。人間はどういう時に幸福を感じるかというと、「向上している」「成長している」「上達している」と思った時がその一つである。

たとえば、逆上がりができない人ができるようになった時、掛け算九九を覚えてソラで言えるようになった時など、できないことができるようになると人間は幸福を感じる。

ビジネスをしていると、このできないことができるようになるといった「向上」「成長」「上達」を実感しやすい。だから、大変なこともあるかもしれないが、実は幸福は得やすいともいえる。しかも、その幸福は持続しやすい。

ところが、セミリタイヤなどして隠居してしまうと、この「向上」などを味わうことが途端に難しくなる。一見、幸せそうに見えるが、これはかえって不幸だ。

人生を振り返ってみると大変だった時ほど「あの時はよかった」とか「あれをキッカケに人生はよくなった」と思えることが多いものである。

また、人生で幸福を味わうことの一つに「他者への貢献」がある。ビジネスや仕事を通じて他者の役に立つことは幸福を得やすいが、セミリタイヤして働かないでいると他者への貢献機会が少なくなってしまう。結果として、幸福を味わいにくくなってしまうわけだ。

人生の幸福の観点からとらえるなら働くことを止め、セミリタイヤすることはあまりオススメできない。

 

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