無能の知と無知の能。(佐藤一斎『言志四録』耋11)

無能の知と無知の能。(佐藤一斎『言志四録』耋11)

「無能の知は、是れ瞑想にして、無知の能は是れ妄動なり。

学者宜しく仮景を認めて、以て真景となすことなかるべし。」

これは佐藤一斎『言志四録』の言志耋録第一一条に書かれた言葉である。

訳文は以下の通り。

「実行なくして、ただ知るだけでは、妄想であるし、智慧なくして行うのは妄動である。

学問をする者はよく心眼を開いて、かりの有様を見て、これを本当の物だと思ってはいけないぞ。」

(訳文は講談社学術文庫の川上正光氏のものを引用しています)

要するに、ただ知っているだけで実行が伴わなければ何の意味もないし、また、しっかり勉強することなくただ行動するだけでも意味ないよということ。知と行動の両立が大事。

例えば、セミナーに行っただけで「勉強した気」になって何もしない経営者は多い。しかも、そういう人ほど他人に「こんなにすごかった!」とすぐに自慢するが、しばらく経つと何も実践していないことが多い。佐藤一斎はこういう事を「妄想だ」と言い切っている。

また、逆に「行動だけ」の経営者も危ない。例えば、「すごいアイデアが浮かんだ!」と言って、何も調べもせずに行動してしまうなど。そういう人に「競合は調べましたか?」と聞くと、大半が「いえ、まだです。」と言う。最悪の場合「なぜそんなにネガティブなんだ!」と批判して聞く耳を持たない経営者も少なからずいる。佐藤一斎はこういう人を「妄動だ」と明言している。

経営を良くしたければ知と行動の両立を考えていかねばならない。

 

 

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