時間は「未来」から「過去」に流れている。

時間は「未来」から「過去」に流れている。

「昨の非を悔ゆる者はこれあり、今の過ちを改むる者はすくなし。」

これは佐藤一斎『言志四録』の言志録第四十三条に書かれた言葉である。

現代語訳にすると以下の通り。

「過去の過ちを悔いる人はいるが、今やっている過ちを改める者は少ない。」ということ。

短いメッセージながら深く考えさせられる一文である。

特に興味深いのは「時の流れ」について。時間というのは、一般的には「過去」「現在」「未来」と流れていくように感じる。

 

ところが、仏教思想では逆で時間は「未来」「現在」「過去」へと流れると説く。このパラダイムシフトは自己開発する上で非常に重要になる。

本当か?と思うかもしれないが、例えば、大好きなイベントの予定を入れたと考えてみてほしい。大好きな人とのデートでもいいだろう。今か今かと待ち遠しい状態をイメージしてほしい。

日にちが経つにつれて、イベントの日が「近づいてくる」のがわかるだろう。要するに「未来」がやってくるわけだ。そして、「今」になり、イベントが終わればそれが「過去」になる。

つまり、時間というのは「未来」「現在」「過去」へと流れてくるのである。

 

この時の原理がわかれば、やることは一つ。「未来」に働きかけることだけである。

なぜか?

過去は過ぎてしまったのだから変えられない。だから過去に働きかけても意味がない。

が、「未来」に働きかければ、それがやがて「今」になり「過去」になるわけだから、働きかける価値がある。

 

さて、佐藤一斎『言志四録』に戻ろう。同じように「現在を改めれば、後悔する過去は生まれない」と言っている。

私たちは商売をしていると、「ああしておけばよかった」と後悔することがある。例えば、ろくでもない商品を仕入れてしまったり、変な投資詐欺に遭ってしまうなど。

そうならないためにはどうしたらいいか?というと、佐藤一斎に言わせれば「それがすでに過去になった時に後悔しないか?」を考え、「今」できることから逃げずに懸命に改めるということである。そうすれば、後悔する過去は生まれないはずであろうと説いている。

言うは易し、行う難しではあるが、意識して取り組んでいきたい。

 

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